たろちんの感情の奴隷ブログ

やむを得ず社畜と化したたろちんが、お金にならない文章を思いついたときにだけ更新されるプレミアブログです。

藤井聡太くんが若すぎる将棋のレジェンドになる瞬間を生で見てきて思った「一握り以外の人生」について

どうも、観る将棋ファンです。今日は朝日杯将棋オープン戦という将棋の公開対局を見てきました。今日死ぬほどニュースになってた「藤井五段が羽生竜王を撃破!」「藤井五段が最年少棋戦優勝で六段に昇段!」「羽生金メダル!」っていうアレです。


会場でも号外を配ってました

朝日杯というのは将棋の公式対局でも極めて特殊な大会で、ベスト4の対局が観客入りの公開対局で行われます。「将棋を現地観戦する」っていう場合、普通は将棋会館とかタイトル戦やってる旅館とかに行っても対局者とは別の解説会場でプロの解説や対局してる部屋の映像なんかを見るんですが、朝日杯はガチで対局者と同じ部屋で同じ空気を吸いながら見れます。ガチ対局してる横で「この手は次にこういう狙いがありますね~」とかいう解説はできないので、当然ながらシーンとした部屋で見ることになります(別室に解説用の部屋もある)。

僕みたいな棋力クソザコの観る将棋ファンにとっての面白さって解説するプロの「おおっ、なんだこの手は!」っていうリアクションや「これは次にこうやってこうなるから優勢ですね」っていう説明にあるので、プロの指し手だけ見てても基本的に「どっちが勝ってるのかわからん」ってなります。そんなの面白いの?って思うでしょう。僕も思ってました。ところがこれがめちゃくちゃ面白かったです。

解説がないから指し手の意味を自力で考えるしかない。そんで「次こうやったらどうなんの?」とか考える。その手を対局者が指したりすると「うわ、俺つえー!」とかなるし、それに対して全然自分の思ってたのと違う指し手が返ってきたりすると「そんな返し考えもしなかった、負けました」ってなったりする。で、またそれを上回る指し手が出たりするのの連続でプロってやっぱすげーっていうのをなんか肌で感じられたのがすごかったです。プロなんだから当たり前なんだけど見てるだけで「早く解説してよー」って態度だと得られなかった経験なのでほんとよかった。自力で向き合って初めてわかる感覚というか、サッカーやったことあると「後ろ向きのボールめっちゃトラップするのハンパねー」みたいな意味がなんとなく理解できる感覚に近いと思う。

ところで今回の朝日杯の目玉は藤井くんと羽生さんが公式戦で初めて対局するという準決勝にありました。非公式戦では1勝1敗。新たな将棋界のスターが永世七冠かつ国民栄誉賞のレジェンドといよいよガチ試合で格付けをする、っていう歴史的な一局です。

結果は皆さんご存知のとおり藤井くんが勝ちました。羽生さんは藤井くん対策として実績もあり今期の朝日杯でも何度か採用した裏芸「藤井システム」という戦法を使うかどうかもちょっと注目してたのですが(名前とかややこしいので詳細はこっちの文章で)、初の公式対局は現代将棋の最新型で正々堂々ぶつかって敗れた形です。羽生さんは横綱として戦い、負けた。この姿勢も立派だしそれ故に藤井くんのすごさが明確になったんじゃないかと思います。

で、僕は実はこの対局は観戦しませんでした。もう一方の準決勝、広瀬八段VS久保王将のほうを生観戦してました。理由は広瀬先生に取材とかで実際にお会いしてお世話になっていたことがメインですが、あまりにも漫画的なサクセス階段をボルト級の人類最速で駆け上がる藤井くんを止める存在も出てこないと「この漫画全3巻くらいでやることなくなっちゃうぞ」という勝手な編集者的懸念もありました。「圧倒的成功」という歴史的瞬間も見たいけど、「若きスターのつまづき(とその後のリベンジ)」という物語も見たいという複雑な将棋ファン心理です。

広瀬八段は棋士のトップ10的ポジションのA級棋士で、今回の朝日杯でも菅井王位、渡辺棋王、久保王将という現役タイトルホルダー3人を倒して決勝に勝ち上がった人です。そして何より「終盤力」に定評があります。将棋は詰む詰まないで決着がつくゲームという性質上「最後にミスをしたほうが負ける」ゲームです。瞬発力が求められる終盤はさすがの羽生さんでも年齢による陰りが指摘される部分でもあり、「数百人の観客を前に記録がかかった大舞台に臨むプレッシャーがかかるまだ中学生の藤井五段」という部分も考慮すれば、相当に大きな壁として立ちはだかるのではないかと思いました。

結果は藤井くんの勝ちでした。小学生時代から将来を嘱望され、その期待に過剰すぎるほどことごとく応えてきた若きホープは、恐るべき冷静さで広瀬八段の勝負手をいなし、コンピューター的な最善手と人間的勝負術をハイブリッドにした指し手を選び続け、朝日新聞に納得の号外を出させました。最年少で全棋士参加棋戦優勝という記録を打ち立て、この日藤井新六段は名実ともに「将棋界のレジェンド」になったのだと思います。

これについて、僕が最近心底感銘を受けた元奨励会員で作家の橋本長道さんのコラムの一節を引用したいです。
彼は中学生棋士であるからすごいのではなく、指している将棋の内容がスーパースターのそれだからすごいのだ。
(中略)
――スターは相手の得意形を避けない。スターは攻め将棋だ。スターはあきらめない。スターは最後に勝利する。
本当にこの通りでしかないです。将棋界のスターを超えて国民的なスターとなった羽生さんが「名人」や「永世七冠」でなく多くの人に「羽生さん」と呼ばれるように、僕も敬意を込めて「藤井くん」と呼ばせてもらいます。藤井くん、ほんとにすごいです。化け物です。なるはやで「藤井聡太物語~宇宙リーグ編~」の新連載を開始してほしい。

そしてその裏に横綱として藤井くんに負けた羽生さんや、藤井くん一番の得意戦法である「角換わり」を受けて立った広瀬八段が素晴らしかったことも特筆しておきたい。すごい対局はすごい対局者がいてこそ生まれるのが将棋です。そんな将棋が生まれる瞬間を、目の前で息遣いを感じながら見ることができた今日の朝日杯は、ただの一ファンとして本当に光栄でした。

追い詰められた局面から一発逆転を狙った広瀬八段の攻防の「3七角」や、一見敵玉と無関係な場所に桂馬をタダ捨てする藤井くんの決め手「4四桂」などが僕の心に今も強く刺さっています。

将棋って全ての情報が盤上に開示されててすごく運の要素が少ないゲームなので負けると本当に「俺ってバカだな、弱いな」って落ち込みます。プライドや生活や人生の全てを賭けてるプロだとその比じゃなくて、負けた悔しさで千駄ヶ谷からスーツと革靴で横浜まで走って帰った某森内先生などまでいると聞きます。そんな状態で会場に出てきて「(藤井くんに攻められて1人ぼっちになってしまった自玉が)まるで藤井くんを応援したい皆さんと僕のよう」と場を和ませてくれた広瀬八段や、藤井くんを称えつつ「もっと僕たちがもっと頑張らないといけませんね」と笑顔を見せてくれた解説の佐藤天彦名人(朝日杯で藤井くんに負けた)のことをもっと応援していきたいと思いました。

プロ棋士は日本中の将棋の天才の中でも「一握り」の超天才しかなれないすごい職業です。羽生さんや藤井くんはその中で「一握り以上」の輝きを放つからスターなのかもしれない。1人1人はどこにいってもスーパースターになれるのに、その天才同士で戦いあってはっきりとした勝ちと負けを繰り返す。解説や指導や執筆や詰将棋など得意分野で個性を発揮する人もいますが、棋士である以上勝負を本義とすることからは逃れられないし、そこには常に明確な「勝ち」と「負け」が生まれます。

僕はたぶんその両方のドラマに感動していて、それはやっぱり僕が「一握り以外」の人間だからで、今日の羽生さんや広瀬八段の負けなんかはそんな僕にも「意味のある、美しい負けもある」と教えてくれたような気がしていて、だから僕は将棋を観るのが好きなんです。