たろちんの感情の奴隷ブログ

やむを得ず社畜と化したたろちんが、お金にならない文章を思いついたときにだけ更新されるプレミアブログです。

羽生善治とかいう鬼みたいな将棋の天才と木村一基という愛すべき将棋の強いおじさんの話

お疲れ様です。大井です。今日は生まれて初めて将棋の王位戦というタイトル戦の現地大盤解説を見てきて、酒も飲んできて、今、家のドアを開けた瞬間に「んもおおおおおおお!」と大きい声を出した勢いでこのブログを書いています。王位戦を見てきた大井です。


マジでほしかった木村八段の「おうい色紙」

今回は羽生善治という将棋界の永世鬼畜眼鏡に、7大タイトルのひとつ「王位」の座をかけて木村一基八段という将棋の強いおじさんが挑戦した大会でした。7番勝負でここまで3勝3敗の五分。羽生さんは今日が46歳の誕生日。かずきは43歳。年齢だけで見れば大学の先輩後輩くらいのわずかな差ですが、タイトル保有歴は96期対0期という悪魔的な差があります。ちなみに将棋のタイトルは1期でも取れれば十分に歴史に名を残せる大棋士です。ここで一度羽生さんという悪魔について「悪魔じゃん」という認識を改めてください。

木村一基八段は落語が好きな棋士で、将棋解説の面白さと親しみやすい人柄から「将棋の強いおじさん」などとしてファンに親しまれているおじさんです。ほとんどの天才棋士が10代でプロデビューする中、かずきは極めて遅咲きの23歳でプロ入り。ところが相手の攻めをギリギリで見切って避ける鋭い終盤術を武器に「千駄ヶ谷の受け師」の異名を誇るトップ棋士に駆け上がります。王様が相手の攻撃をスルスルとかわし、最後は敵玉の詰みにまで参加する鈴木大介先生との新人王戦などは名局として語り継がれています。要するに将棋の強いおじさんということです。

そんな将棋の強いおじさんですが、棋士として生涯の名誉である「タイトル獲得」には恵まれていません。なぜか。同じ時代に悪魔的に将棋が強い羽生善治大先生という悪魔がいるからです。

おじさんは何度も一生懸命タイトルに挑戦しました。数百人の棋士がいる中でたった一人の挑戦者になるだけでもすごいことです。そして時には某深浦王位を相手に7番勝負で先に3連勝したこともありました。でもそのあと4連敗しました。「あと1勝すればタイトル獲得」の1番で最も負けてるのがおじさんなんじゃないかと思います(8連敗?)。

40代というのは一般的に棋士の力が衰えてくると言われる年齢です。おじさんは2年前にも王位戦で羽生永世悪魔に挑戦しましたが惜敗。これがラストチャンスかと思われたものの、今年もう一度挑戦者に名乗りをあげました。ここで一度かずきファンは泣きます。おじさん、まだいけるぞ、タイトルをとれるぞ、と。

一方の羽生さんも45歳(当時)。直近の名人戦では若手の佐藤天彦八段に厳しい負け方で名人を奪取され400万回目の「羽生衰えたな」を言われたりしていました。実際その後の対局でも羽生さんはらしくない負けを重ねており世代交代を叫ぶ声が強まる一方。王位戦でも決して若くない43歳の木村八段が3勝2敗と星を先行し、おじおじファンはいよいよ羽生善治永世鬼畜眼鏡の牙城を崩し悲願の初タイトルを獲得するかと期待しました。

王位戦6局目は羽生さんにマジック手が出て3勝3敗に。そして迎えた最後の7局目。おじおじファンは「100個近くタイトル持ってるんだから1個くらいおじさんにあげろ!」「タイトル独占禁止法!」「うさぎおじさんもうかずきを許してあげて!」などと叫びます。ところがどっこい、キワキワの勝負を約96回経験してきたうさぎおじさんは最後の最後でライオンおじさんとなり将棋の強いおじさんを一分の隙も無い将棋でふっ飛ばし、見事に王位を防衛してみせました。ここで一度羽生さんという悪魔について「悪魔じゃん」という認識を改めてください。


苦しい局面での木村八段。応援してるファンも同じ顔をしてた

木村一基八段は本当に将棋の強いおじさんであり、苦労人であり、面白い人であり、お酒の好きな人であり、負けたあとの感想戦でもファンの前では明るく「こんな手を指すなんて(相手は)ひどい人だよねえ」などと冗談を言ってくれるステキな人です。僕も多くの将棋ファンの例に漏れず羽生さんが永久に将棋界で無双することを願う羽生ファンですが、今日ばっかりはおじおじにタイトルを獲ってほしいと願うおじおじ信者でした。でも将棋の神はそれを許してくれなかった。過去におじさんと王位戦で戦い3連敗からの4連勝というメイクドラマをキメて木村王位の誕生を幻にした某深浦九段は今日の解説会で、「あのあとは木村さんと1年半くらい話ができなかった」と言ってました。それくらい棋士にとってタイトルというのは重いものです。終局直後、木村八段の様子は以下のようなものだったとレポートされています。
最後に「シリーズ全体の感想」について質問がありましたが、木村八段から声は出ませんでした。
あの明るいおじおじが、負けた直後の感想戦でも自虐的な冗談を飛ばしてくれるおじおじから、言葉が出なくなる。それくらい43歳という年齢で臨んだタイトル戦は重いものだったのだと思います。僕は今回初めて現地の大盤解説会に参加したんですが、終局後にみんなの前に出てきてくれていつも通り明るく感想戦を行う木村八段を見てブルッと震えてちょっと泣きそうになりました。

僕は将棋を観るのが好きな「観る将」なんですが、そんな観る将にとって一番大切なのは誰が対局するかよりも「誰が解説するか」だったりします。難解なプロの将棋をわかりやすく面白く伝えてくれる将棋の強いおじさんの解説は、本当にまだ将棋の面白さにピンときてないみんなにおすすめしたい将棋のコンテンツです。将棋界の誰もが一目置く「受け師」でありながら、「おじさん詰ますのは苦手だからなあ」などと言いながら鮮やかな詰め手順を示すおじおじの解説を多くの人に見てほしい。そんなおじおじのタイトル挑戦(…と失敗)を見てたまらずこれを書きました。

ちなみに木村八段は羽生さんと一緒に将棋を勉強する数少ない「羽生研」のメンバーでもあります。もちろんタイトル戦などでメンバー同士が戦う場合はしばらく研究会もお休みするそう。今日の大盤解説を務めた松尾歩八段も羽生研のメンバーで、3人が終局後にみんなの前で対局を振り返る光景は結構胸が熱くなるものがありました。有望な若手がどれだけ台頭してきても、僕はまだまだ「これからは木村一基八段の時代だ!」と言い続けたいと思います。



【2019年9月26日追記】

あれから3年の月日が流れ、本当におじさんの時代が来てしまいました。先日、3年ぶりに陣屋に行った際の記事を文春将棋さんで書かせていただいています。

3年ぶりの陣屋 その日、“将棋の強いおじさん”は百折不撓だった
https://bunshun.jp/articles/-/14116

そして今日行われた第60期王位戦第7局。木村一基九段が豊島将之王位に勝利してついに念願の初タイトルを獲得しました。46歳初戴冠は最年長初タイトルの記録をぶっちぎりで塗り替える偉業です。おじさんの名は永遠に将棋界に刻まれることでしょう。

こんな古いブログ記事にもたくさんのおじおじファンが定期的にコメントを書いてくれて嬉しく思っています。俺たちのかずきの勝利を祝して今宵は飲みましょう。最後にずっと言いたかった言葉を言います。

これからは木村一基王位の時代だ!